
平岸地区にある[天神山緑地]には、かつての林檎園の跡地としての記念碑や林檎に纏わる文学、歌碑などが建立されていますが、この記念碑は1990年建てられたもので開基120年と記されています。平岸はアイヌ語で[がけ]の意味です。1871年(明治4年)3月に岩手県人60戸が移住し、製網の原料となる[あさ]を栽培したので[麻畑(あさはた)村]と呼ばれていましたが、1875年(明治8年)に[平岸村]と改称されました。平岸村はその後長い歴史の中で様々な変遷を経て現在は、札幌市豊平区として大きく発展を遂げています。現在の発展を築いたのは多くの先人達の努力の賜ですが、隠れた開拓の先人の一人として重延卯平の功績は後世に語り続けられています。



